育休パパが子育て支援とか考えつつ日々のことを記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業をとることになった。そんな人が書くブログです。

10か月で歯を磨く

生後5か月ごろから離乳食も始まってすでに2~3回食になってきて、生後7か月ごろには歯も生えてきていていたが、なぜか、息子氏の歯のケアのことを忘れていた。

一応、乳歯用の歯ブラシはこんなやつ↓を買っていたけど・・・・忘れていた。

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唾液から虫歯菌に感染しないよう、自分たちが使ったスプーンやらで息子氏にご飯をあげたりはしないように、という配慮はあったものの、なんか唾液が豊富だからそんなに急がなくても・・となんとなく考えていた自分たちもいたり。

 
購入していたことを思い出して改めて歯ブラシセットをよく見ると、

「5か月~8か月用」と、「8か月~12か月用」に分かれていた。

 

 

今日ですでに生後10か月な息子氏。

 

・・・あれ、前者はすでにいらない!?

 

 

 

 まぁ、こういう月齢ごとの目安ってそれに縛られすぎてもよくはないよね・・と、

とりあえず1週間ほど、前者のものを使ってみてから、後者に移行することにした。

 

 

 


うん、赤ちゃんの子育てって、慣れるより前にどんどん状況が変わるから大変だよね~
(←言い訳)

 

 

 

不満を泣いて表す息子氏


息子氏は新しいものを見つけたら、もれなく、
①手に取る
②しげしげと眺める
③しゃぶり尽くす
という対応をとる。


もちろん、世の中には、息子氏にはまだ触ってほしくないもの、触ると危ないもの、絶対に口に入れてはいけないものは多数ある。

ぱっと思いつくものだけでも、割れ物、紐やコード類、薬、電池、ランチョンマット・・ などなど、きりがない。
むしろ触ったり口に入れたりできるもののほうが少ないんじゃないかな。

 


とはいえ、息子氏はまだ親の注意を聞く年齢でもないので本人に言うても仕方ないし、
周りができる危険回避としては「息子氏の手の届かないところに離す」という対策になる。

そして息子氏は、好奇心旺盛にいろいろなものを探索し、まさぐる。
面白そうなものが目に入るとなんとか手にしようと、手を伸ばしたり、移動したりするようになっている。
そうやって何とか手にしたものでも、親が見つければ取り上げて、息子氏から離す。

 


・・・これまではそれで何とかなっていた。
つまり、目の前からその物がなくなれば、他のもので遊んでくれていた。

しかし最近「取り上げられたら泣く」ということが顕著になってきた。



ある意味で、目的的な行動とか、自分の欲求とかがはっきりしてきたからかもしれないなぁと思う。

 


昔、ピアジェの発達段階を学んでいたことの振り返りだが、乳児期の感覚・運動期に当てはめて考えれば、
第1次循環反応
・指吸いとか自分の身体に触れたり叩いたりすることをくりかえす。
第2次循環反応
・偶然手に触れた物を操作する(掴んだり引っ張ったり投げたりする)ことをくりかえし、自分の行動によってどのような結果が生じるか、感覚的にとらえるようになる

息子氏は、これらを経て、いつの間にか
第3次循環反応
・目的と手段の関係を理解するようになり、いわば「~のために行動する」ことをくりかえし実践する。
ということが可能になっているのだと思う。

「なんとか手に入れたもの」がなくなるからこそ、不満が生じ、泣いている。

 


同じ「泣く」という行動でも、その背景で、息子氏の中で何が起こっているのかはその時々で違うし、発達的な時期によっても特徴が違ったりする。

それらを理解しようとすることも、ある意味で共感的な対応ということで息子氏にとってはよいのかもしれないなぁ。
こうやって理論と実践って紐づいていくのかなぁ。

・・なんてことを、泣いている息子氏をなだめながらそれっぽく考えてみた。

抱っこしてください

 

息子氏が最近、私を見かけると「オー!オー!」と声を出しながら両手を出してくる。

 

 

息子氏なりの「抱っこしてください」のサインに見えて、抱っこしてあげていたら、

結果的に、おそらく息子氏も何度も両手を出すようになった。

 

 

そのとき、息子氏は両手を顔より高く上げるのだが、

ほっぺたが両腕に挟まれて、ぷにーっとなる。

 

それが、とっっても可愛い。

 

 

今日はただ、それだけ。

踏み台

 

つかまり立ちをマスターして久しい息子氏。

 

数秒なら一人で立っちも可能になってきた息子氏。

 

 

「立つ」にもいろいろなバリエーションがあるなぁと思っていた昨今。

 

新たな「立つ」に息子氏は進行中。

 

 

それは、つかまり立ちをしている息子氏の横で座っている、

「親の太ももを踏み台にして立つ」ということ。

 

 

ベビーゲートの中に親がいて、息子氏と一緒にテレビをみながらあやしていることも多いのだが、そんなときは格好の餌食になる。

 

 

・・そして息子氏は、足元をちゃんと確認して登るわけでもないので、たまに親の太ももの端っこに足がかかり、太ももが「ぐにっ」となるだけのこともある。

 

それがまぁまぁ痛い。

 

 

息子氏に痛みを訴えても全然こたえず、また踏み台にされる。

 

 

・・・まぁ、子どもは親を踏み台にして登ればいいのさ(遠い目)

 

 

昔と今を混在させないこと、解決しようがないこと

 

前回の記事で、自分の育児休業の取得理由が、自分の昔の経験が影響している可能性について整理してみた。

 

 

 

ただ、自分の昔の家庭と、今の家庭や職場とは違うわけで、それらを混在させてしまうことは、それはそれでよくないとも思っている。

 

なぜなら、ここでいう自分の昔の家庭とは、あくまで「自分の頭の中にある昔の家庭」であり、今の家庭や職場でいくら頑張っても、解決しようがない。

 

そもそも、当時子どもだった自分になんとかできるわけでもない。

子どもが親が満足させるように行動する必要も、本来はあまりない。

 

親がそう願うこと自体は否定しないけど、子ども目線に立てば、子どもがやりたいことを十分できるようにできるだけ環境を整えるのが大人の役割だと思う。

 

 

 

 

 

・・・少し話はずれるが、それと関連して、自分自身が、妻の話を聞いている時に思うことがある。

 

妻の話を聞いていると、その場で何とかしようと解決策を示そうとしてしまったり、いつまで聞いたら満足できるのか、みたいなことを考えていたりもする。

 

あまり男女差を言うのは好きではないが、自分が男性であるがゆえに、会話や雑談をコミュニケーションというよりタスクとしてとらえる傾向があるのかもしれない。

ある意味で、仕事(タスク)として聴き手に徹すれば、しっかり共感・傾聴はするように努めるのだが、なぜか家ではついそのように反応してしまう。

 

 

ただ、妻に実際に言われた台詞だが、

「女性の話したい欲は尽きることがない」「女性は息を吐くように話す」

らしい。

どこまで一般化できるものなのかはわからないが、少なくとも男性である自分はそんな感じではない。

 

 

つまり、妻の話は、解決しようがないし、解決しようとしなくてもいい。

あと、いくら話を聞いてもこれで100%満足、みたいに話が終わることもない。

 

 

だからこそ、母である妻の話したい欲を自分1人で十分に満足させられるわけでもなかったりもするし、妻が自分以外の多様な話し相手を求めることも自然な事。

 

そんな当たり前のようなことを思い、改めて、自分にできることをできる範囲でしよう、なんてことを思った。

 

 

・・・なんか今日はまとまりがないが、まとまらないものを無理にまとめないでいることも大切だったりもする、なんて都合のいいように自己弁護してみたり。

改めて、自分の育児休業の取得理由について考える

育児休業も後半になってきて、育児自体も最初よりかは慣れと息子氏の成長もあり、落ち着いてきた。

 

そんな中で、改めてタイトルに書いてることを考えるようになった。

 

育児休業を取ったばかりの頃にも考えてみたことではある。

子育てを妻に押し付けずに自分も育児に関わりたかった、というのはそのときに考えていた理由の一つであり、今でも確かにそう思う。

 

ただ、結構ビビりな自分が、まだ男性の育児休業が普及していない中で、ある意味で周りからの信用を失うリスクがあり、さらに、実際の取得に向けて調整・交渉するコストも大きくかかるにもかかわらず、なぜ行動できたのか。

正直なところ、自分でもよくわかっていないというか、うまく言語化できないところがあった。

 

働き方を見直したいとかという思いもあったりしたが、それ以上に、「子育て」に対して、色々と思い感じるところがあったような気がしていた。

 

・・・自分1人でうまく言語化できないことは、誰かと話している中で、ふと言語化できることがある。

 カウンセリングとかもそういった作用がある。

 

そして私自身、妻と話している時にふと、あぁそういうことかも、と思い当たることがあった。

 

 

 

 

・・・私は、4人兄弟であり、父母は今でも健在だが、私が幼少期、父は10~15年ほど単身赴任で遠方に行っており、母は、いまでいうワンオペで4人を育てたことになる。

 

言葉にすればそれだけなのだが、当事者からすればありがちな苦労話ではなかった。

 

決して要領が良い方ではない母は、母なりによい母であろうとはしていたのだと思うが、子どもからすれば日々不満だらけだったし、母は精神的な余裕をなくし、子どもに目を向ける時間的余裕もなくし、ただ日々に忙殺されていた。

 

自分自身が親になり、四人をとりあえず死なずに子育てを終えたことはそれだけでもすごいとは思うが、実態は、綱渡りを運よく渡り切ったような感じだと思う。

 

子育て支援の現場にいる自分から見ても、現代なら、何かしらの支援対象に引っかかるような家庭だっただろうなと思う。

 

 

 

そんな家庭で育った自分は、ワンオペ育児の大変さやどうしようもなさ、そしてなんとかしたい気持ちを強く感じていたのかもしれない。

 

自分自身を冷静に振り返って、そう感じる。

 

私は、ただ自分の昔の家庭を何とかしたかったのかもしれない。

 

 

 

 

これがすべての理由というわけでもないけど、妻にワンオペ育児させたくないという思いは、そんなところからきているような気がしている。

 

そしてそんな自分が、境遇に恵まれなかった子どもたちの支援や、子育て支援・家庭支援を行う職場・立場にあることは、今更ながら、何かしらの縁を感じていたりもする。