元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業を取得 ⇒ 周囲の多大なる協力もあり、無事に育児休業を終えて職場復帰 ⇒ 3年後の第二子誕生時にも2か月の育休 ⇒ 時短勤務継続中。そんな人が第一子育児休業開始時から書き始めて、その後も不定期だったりまとめて書いたりしながらボチボチ続けているブログです。

言葉と実感と

育児休業中ではあるけど、週に1回仕事に行ったり夜間で学校に通っていたりする私。

 

息子氏とマンツーマンでいる時間は、どうしても妻の方が長くなる。

 

 

最近、外から帰ってきた私に妻が「・・・今日はなかなか寝ないで一時間くらい泣き続けてたわぁ」と伝えてくれた。

私「そっかぁ、そら大変やったなぁ」と返答。

 

これだけ見れば、まぁ普通のやり取りだと思う。

 

 

・・ただ、その後妻と話していて気付いたことがある。

 

言葉で伝えるなら数秒で終わる「一時間」の大変さ。

ただ、本当に当たり前だが、実際には「一時間」の大変さが、あったのである。

 

夜間に学校に行っているため、夜の寝かしつけはほとんど妻にやってもらっている。

妻が一人で休息できるようお出かけしてもらったときも、1時間レベルのギャン泣きにマンツーマンで付き合うことは、そういえば最近なかった。

 

だから、妻に話されて相槌をうったときに、自分はどれほど実感をもてていただろうか、なんて疑問に思った。

 

まぁ相手の心情には実感を持って対応せねばならない、なんてことないのかもしれないが、私は、子育て支援や家庭支援を役割としてきた対人援助職として、大変な時を過ごした人への敬意というか、想像を働かせることには、より敏感になっておきたいな、なんてことも思った。