元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業をとることにし、周囲の多大なる協力もあり、無事に育児休業を終えて職場復帰をした。そんな人が育児休業開始時から書き始めて、終了後も不定期に書き続けているブログです。

子育ては母親のもの?

 

職場で「実際、子育てって母親のもの、みたいな感じってあるじゃないですか」

 

という話をされた。

 

 

それを私に言うっていうことは、暗に私がとっていた

育児休業を批判している!?と思わなくもなかったが、

そこはスルーしようと思いつつ。

 

ただ発言者は職場内ではそれなりに立場のある人だったのと、

まぁその場では苦笑いしかできない不甲斐ない自分がいたわけだが

その言説そのものに自分の中でもモヤモヤした思いが出てきたので、

ちょっと立ち止まって、今後に備えて、

改めてそこに対する自分の考えをまとめてみる。

 

 

・今の日本社会の中では「子育ては母親のもの」

 という暗黙の了解をもつ土壌が確かにあると思う。

 ただそれも古典的な家族モデルに基づく男女分業観の刷り込みが

 日本社会にいまだ蔓延しているからにすぎない。

 

・日本での多くの父親は職場にいさせられる時間が長くなりやすく、

 母親が子どもと一緒にいる時間が長くなりやすい現実がある。

 ただ仮に子どもと過ごす時間の長さが逆になる社会があれば、

 「子育ては父親のもの」になると思う。

 

・特に男性を戦士・兵士として徴用してきた戦中、

 そして企業戦士として扱ってきた戦後の日本社会にとっては、

 社会全体が「子育ては母親のもの」と考えたほうが都合が良かった。

 

・しかし、子育ての実際を見ると、

 授乳以外は基本的に父親でもできる。

 そして子どもを育てるだけのマンパワーが家庭内に少ないほど、

 安全な子育てはより難しくなる、という事実がある。

 

共働きが当たり前になってきている今の日本において、

 「子育ては母親のもの」と思考停止することは、

 より安全な子育てにおいてリスクになりえる。

 

・つまり、現代日本において「子育ては母親のもの」という言説を

 当然のものとする風潮は、実は子育てにおいてリスキーなものであるし、

 現代においてそう主張する根拠も、実はそんなにない。

 

 

 

・・・・こんな感じかな。

 

 

まぁどこぞの言論家の二番煎じみたいな主張かもしれないけど、

出来る限り自分の言葉でまとめたつもり。

 

 

立場のある男性諸君ほど嫌がる言説かもしれないが、

どこかで言う機会があれば言ってみよう。