元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業を取得 ⇒ 周囲の多大なる協力もあり、無事に育児休業を終えて職場復帰 ⇒ 3年後の第二子誕生時にも2か月の育休 ⇒ 時短勤務継続中。そんな人が第一子育児休業開始時から書き始めて、その後も不定期だったりまとめて書いたりしながらボチボチ続けているブログです。

「子育ての社会化」に向けて

 

少し前に、「こども家庭庁」のことを書いてみた

 

日本の子育て関連の報道やら議論がその後も盛んなので、その中で、

「家族主義」に関して思うことを書いてみる。

 

日本は、子育てについて「家族主義」だと言われることが多い。

www.newsweekjapan.jp

 

こども庁という名称が定着していながら、閣議決定間際に

こども家庭庁になったのも、「子育ての社会化」を嫌ったからだという批判もある。

 

 

・・・少し専門的になるが、国家の福祉タイプを「福祉レジーム」としてタイプ分けした研究者がいる。

福祉系の人には有名な、デンマーク出身の社会政策学者である

エスタ・エスピン-アンデルセン(Gøsta Esping-Andersen)である。

 

エスピン-アンデルセンは、

『福祉が生産され、それが国家、市場、家族の間に配分される総合的なあり方』

としての「福祉レジーム」の相違が福祉国家のタイプを決定する、

というレジーム理論を提唱した。

 

厚生労働省がこの理論をもとに社会保障・福祉国家について検討していた資料

公開されたりもしている。

その資料にもある通り、「福祉レジーム」は次の3つにタイプ分けされていいる。

 

①    自由主義ジー

 ・福祉において「市場」の役割が大きい

 ・アングロサクソン諸国(アメリカ、カナダ、オーストラリアなど)でみられる。


②    社会民主主義ジー

 ・福祉において「国家」の役割が大きい

 ・北欧諸国(スウェーデンデンマークノルウェーなど)でみられる。

 

③    保守主義ジー

 ・福祉において「家族」や職域など共同体の役割が大きい

 ・大陸ヨーロッパ諸国(ドイツ、フランス、イタリアなど)でみられる。

 

 

日本はというと、①自由主義ジームと③保守主義ジームの要素が

組み合わさった中間的な立場とされることが多いようだが、

専門家の間でも、調べた限り、明確な結論は出ていないようだった。

 

なおエスピン-アンデルセンも、日本の福祉システムはまだ発展途上であり、

独自のレジームを形成するかどうかも含めて、結論を保留しているらしい。

 

 

ただ法律でも、日本の家族主義は明確になってきている。

2006年に改正された教育基本法では、家庭教育に関する項目が新設され、親などの保護者が子どもの教育の第一義的責任をもつと記載された

『父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする(教基法§10)』

また、この教育基本法の規定に合わせて、2017年に改正された児童福祉法でも、親などの保護者が子どもの健全育成、つまりは“子育て”の第一義的責任をもつことが明記された

『児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う(児福法§2の2)』

 

とはいえ、これらの法律上の記載は“第”一義的責任となっている。

 

単に、一義的責任という記載ならば、親や保護者“のみ”が責任を有することになるが、“第”一義的責任となると、まず責任をもつのは親や保護者だとしても、親や保護者のみが責任を有するわけでは決してない。

実際、改正児童福祉法でも、政府や自治体が、子どもの保護者とともに子どもの健全育成の責任をもつことが示されている

 『国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う(児福法§2の3)』

 

 

 

・・・日本では、子育てをすることのデメリットが大きいといわれる状況があり、

実際、海外と比較しても、金銭的にも子どもや子育てに

お金を使っていない国であることは、徐々に知られるようになってきた。

 

そんな状況において、「子育て罰」みたいな言葉まで出る始末である。

             子育て罰(写真は光文社HPより)

president.jp

 

上記の書籍内で、「子育て罰」は、

日本が「子どもと子どもを持つ世帯の冷たく厳しい国」である現状

を捉えるための概念として紹介されている。

 

著者の末富教授は、内閣府の子どもの貧困対策に

関する有志者会議のメンバーでもあるようだ。

 

今後の子どもと家庭の政策を担うこども家庭庁にも、ぜひ、

司令塔として、「社会」がどのように子どもや家庭を向き合うかについて、

現状を変えるムーブメントを起こしてもらいたい。