元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業をとることにし、周囲の多大なる協力もあり、無事に育児休業を終えて職場復帰をした。そんな人が育児休業開始時から書き始めて、終了後も不定期に書き続けているブログです。

日々是感謝


俗っぽいけど、すごく共感してしまった記事。

sayuri-shiratori.com

 


育児休業から明けて以降、妻の職場の近くにある保育園&病児保育への送迎を

ほぼ一手にやってくれている妻。

バスでの通勤なので抱っこひもで毎日通っている。

 

息子氏は生後半年ほどから10kg近くあり、成長スピードは緩やかになったものの

今でも11kgを超えている重量級なので、ほんと体力仕事。

 

 

その分、自分ができることとして、私も日々の家事を主に担っていたが

(日々の掃除・洗濯・買い物・ゴミ出し・平日の食事作りなど)、

自分が体調崩した時そのシステムの脆弱性が明らかになったので

(=家事のまわらなさがやばかった)ので、緊急家族会議が開かれ、

時短家電の購入など家事の自動化・外注化に今更ながらふみきることにした。

(ワーク・ライフ・バランスのために時短の方略を厭わない - 元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog)

 

 

 

・・家事って毎日のことだから、いかに無理なく続けるかを模索して、

作れる余裕はちゃんと確保する必要がある。

でないと、ほっといたらどんどん余裕なくして毎日ギスギスしてしまう。

 

少なくとも、私はもともと妻が大変だから自分で出来ることはやろう、

という意識であったのに、いつの間にか妻に色々求めていたのかもしれない

なんてことも家族会議を通して感じたりした。

 

毎日の生活がスムーズにいくのは決して当たり前じゃないし、

いってるとしたら、そこには、それなりのコストなり労力なり工夫がある。

 

 

最近、そんなことをよく考えるようになった。

 

 

この世にとりあえず生きている人たちは、ただそれだけで

過去や現在の人たちの「おかげさま」で成り立っている。

自分1人で生きてきたようなことを言う人も、決してそうではない。

 

 

日々、是、感謝。

 

 

これ家訓にしようかな。