育休パパが子育て支援とか考えつつ日々のことを記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業をとることになった。そんな人が書くブログです。

おっぱいのない男は外に出ているほうが楽

色々と語弊がありそうなタイトルではあるが、

引っ越しに伴う開梱作業を夫婦交代でする日々が続いて、

改めて私が悟ったことである。

 

最近かなり減ってしまっているが、

これまでも妻が半日でもフリーになれる日を作るように心がけていたつもり。

 

しかし妻が開梱中は私が集中的に息子氏をみることになるので、

息子氏と二人きりで過ごす時間が一気に増えた。

 

 

・・・そこで問題になるのは、息子氏が泣いたら、

妻には授乳という最終手段があるが、私にはない、ということ。

 

 

ミルクはとっくの昔に飲まなくなったし、

息子氏はどうやら栄養摂取以外の「快」を母に求めている。

 

こうやって親に接近することで不快感情が解消されたり

快感情が得られることの積み重ねが、

いわゆるアタッチメント(愛着)というものになっていくのだろうが、

そういう意味では、父は、母とは違う方法で、

アタッチメントへ向けた取り組みをするしかない。

 

 

・・・ということで、父は、公園はじめお出かけを繰り返すことで、

息子氏に楽しんでもらうことにした。

 

まぁ家に父子がいたら母が落ち着いて片付けができないだろうという意味もあるけど。

 

そうやっていると、公園デビューの時も思ったが、

大人が気づかないもの、注意を向けないものに、

息子氏は本当によく気付く、ということに気付く。

 

初めて見る葉っぱや花びらや、色が周りと違うような、

例えば道路のコンクリートアスファルトの境目やマンホールのふたなどを、

しげしげ見つめ、触り、「違い」を確かめている。

 

・・・油断すると、砂やらよくわからないゴミやらをつかんだり、

なんなら口に入れようとしたりもするので危ういのだが、

色々と探索している息子氏をみているのは父としても微笑ましい。

 

そして、息子氏が安心して世界を探索できるのは、他でもない父がそばにいるからだ!

と自分を慰める手立てにもなる。

 

 

 

・・・だからこそ「おっぱいのない男は外に出ているほうが楽」なのだ。