元・育休パパが子育て支援とか考えつつ日々を記すblog

児童福祉施設の相談員として子育て支援・家庭支援に携わるようになったものの、第一子誕生を機に、自分自身の子育て・家庭が疎かになることへの危機感を抱き、子育てしつつ足元を見つめ直す必要を感じ、一年間+αの育児休業をとることにし、周囲の多大なる協力もあり、無事に育児休業を終えて職場復帰をした。そんな人が育児休業開始時から書き始めて、終了後も不定期に書き続けているブログです。

イージーモード!?の子育て

無事に1歳を迎えた息子氏

 

自然と、この1年間を振り返ることも多くなる。

 

 

その中で、子育てにおける「イージー(easy)モード」と「ハード(hard)モード」

について考えたりしてみた。

 

 

 

 

 

・・・育児休業をとっていることを人に言うと、

「すごいね~」と言っていただくことがある。

 


まだ世に浸透していない男性の育児休業をとったことについて、

ということで言っていただいているのはわかるのだが、

私自身は「すごい人」では決してない、と思っている。

 

 

 

あえていえば「子育て」についてのハードル自体が、

自分の中では高かったのかもしれない、なんて今となっては思う。

 

 

 

自分の父が長期転勤中、ほぼワンオペで4人兄弟を育てた母を見ていたり、

職場で多数の子どもを相手にする保育士さんや指導員さんを見ていたり、

私はいわば、「ハードモード」の子育てをこれまで多く見ていた。

 


子育ての大変さに、ある意味で人並み以上にビビってしまっていた

だけなのかもしれない。

 

 

 

あと夫婦ともに新たなこと・不慣れなことに

必要以上にビビってしまいがちという特性もある。

 

これらは、私が育児休業を取った大きな動機の一つではある。

 

 

 

 

 

つまりは、やや語弊があるかもしれないが、育児休業を活用して、

少しでも育児を「イージーモード」にして、

確実に乗り切れるようにしていこうと思っていたというのはあったかもしれない。

 


特に生まれてから1年間くらいの育児は、意思疎通もできないし、

食事も大人と一緒ではいけないし、ほっといたらおそらく死ぬし。

 

そういや人間は「生理的早産」である、みたいなことを言った人が確かいたっけ。

 

 

実際のところ、我が家では、大の大人が二人そろっていながら、

0歳児の息子氏に振り回されまくって大変だったし、

大人が二人いてようやく何とかやってこられた、という実感がある。

 

 

 

 


・・・人間生活に不可欠なものでありながら対価の支払われない労働を、

イヴァン・イリイチは「シャドーワーク」と呼んだ。

 


家事労働や育児・介護は、シャドーワークと言われるが、

だからこそ、そのハードさの実際も見えにくいままなのでは、

なんて思ったりもする。

 

私たち夫婦の不器用さは確実にあるとはいえ、

一人で子育てをしている(ように見える)多くのママさんも、

実際には多くの人に支えられながら

育児に奮闘しているのだ、と思わざるを得ない。

 

あと人間には向き不向きはあるわけで、

誰かにとってはイージーでなことでも、

別の誰かにとってはハードなことだったりすることはあると思う。

 

 

・・・なんだかまとまらなくなってきたが、

ワンオペ乳児の子育てはおそらく「ハードモード」の育児

であることには間違いないと思う。

 

 

 

 

なので、「一人で子育てができて当たり前」でなく、

「一人で抱えず、他の人に支えてもらうこともいとわずに子育てする」ことの大切さは、育児休業を取らせてもらったこの1年間+αでしみじみ感じたことでもある。

 

なんてことも、と改めて振り返ったりした。